産業雇用安定助成金の「スキルアップ支援コース」は、従業員をスキルアップのため在籍のままで出向させ、復帰後の賃金を出向前より5%以上上昇させた場合に支給される国の助成金です。
在籍型の出向では、自社ではできない実践経験により、スキルアップや新たな知識の習得、視野の拡大が期待できます。復帰後は業務の効率化や職場の活性化をもたらしてくれるでしょう。
ただし助成金の受給には、出向の計画届を労働局にあらかじめ提出するなどの手続きが必要です。
この記事では、2023年度から新たに始まったこの助成金について、制度内容などをわかりやすく解説します。
目次
助成金の対象となる「スキルアップのための出向」とは
まず、産業雇用安定助成金の「スキルアップ支援コース」の対象となる出向の条件や、出向させることで自社に得られるメリットを確認しておきましょう。
在籍型出向とは
このコースは、在籍型の出向のみを助成の対象としています。
在籍型出向とは、文字どおり自社に籍がある状態で出向させることをいいます。出向期間後は自社に復帰することが前提です。
いわゆる「転籍」となる移籍型の出向は、助成対象となりません。出向している間、その従業員は出向元・出向先の両方の企業と雇用契約を結ぶこととなります。
このコースでは、具体的な出向の定義が定められており、すべてを満たさなくてはなりません。
さらに細かい出向の定義については、「助成対象となる取り組み」の章で解説します。
「在籍型出向」で期待できる効果
在籍型の出向なら、自社の人材を失うことなく新たな実践的スキルを身につけさせることができます。期間が終了すれば、レベルアップした人材が自社に戻ってきます。周りの従業員にも刺激となります。
一方、出向先の企業でも、通常より少ない負担で社内の活性化ができるなどのメリットがあります。
在籍型の出向によるスキル習得の事例には、次のようなケースがあります。
出向元 | 出向先 |
---|---|
製造業 | 産業用電気機械器具製造業 |
新商品開発のため、最先端のロボット組立技術を持つ工場で経験を積ませたい。 | 海外からの需要拡大でロボット製造現場の人材が不足。 意欲や質の高い人材の受け入れを希望。 |
出向元 | 出向先 |
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旅館業 | ホテル・サービス業 |
老舗の温泉旅館。インバウンド獲得に向け、最新の優れたサービスを学ばせたい。 | 老舗旅館からの出向を受け入れることで、日本の伝統と格式あるおもてなしをスタッフに学ばせたい。 |
出向元 | 出向先 |
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醸造業 | 農業 |
日本酒の醸造所。酒米の栽培からの酒造りを視野に、若手に米作りを学ばせたい。働き方改革の導入も進めたい。 | 稲作などで大型機械を導入したスマート農業を実施、生産性向上を図っている。 農業法人として週休二日制などを実現。 |
双方にメリットがあって初めて、在籍型出向が可能になります。
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企業間のマッチングは、(公財)産業雇用安定センターの各地方事務所が、無料で受け付けています(これ以外の方法でのマッチングも助成の対象)。
産業雇用安定助成金 スキルアップ支援コースの対象者要件
産業雇用安定助成金のスキルアップ支援コースの助成を受けるには、複数の要件を満たす必要があります。実施する出向は、上記で紹介した定義に該当する必要があります。
また、出向元事業主、出向する従業員、出向先の事業主、そして取り組みについて、それぞれに定められた要件を満たさなくてはなりません。
対象となる出向元事業主
事業主には、雇用保険適用事業所の事業主である、必要な書類を揃え、審査に協力するなど、雇用関連の助成金に共通する要件を満たす必要があります。そのほか、このコースに特有の次のような要件もあります。
- 従業員のスキルアップによる企業活動の促進、雇用増大のために出向させること
- 職業能力開発推進者を選任していること
- 出向先として他社の従業員を受け入れ、出向を対象とした他の助成金の支給を受けていないこと(他の営業所を含む)
- 出向先の事業主との間に資本的・経済的・組織的な独立が認められること
- 対象労働者を出向から復帰後も6カ月以上続けて雇用すること。この間、出向・派遣・請負など社外での就労をさせていないこと。
- 出向開始日の6カ月前から支給申請日までの間に、従業員を事業主都合で解雇等していないこと(当人については支給決定時まで)
- 上記期間内に、特定受給資格者に該当する離職者が全雇用保険被保険者の6%以下、かつ3人以下であること
職業能力開発推進者とは、職業能力開発促進法に定められた職業能力開発の担当者であり、計画の作成や従業員への指導などを担当する人をいいます。事業所ごとに1名以上の推進者の選任が必要です。
親会社から子会社への出向や、代表取締役が同じ人物である企業間の出向など、資本や経済、組織的に関連のある企業への出向は対象外です。
対象となる出向労働者
対象となる労働者には、雇用保険被保険者であることのほか、次のような要件があります 。
- 「出向実施計画」に記載があること
- 有期労働契約、日雇労働者でないこと
- 雇用保険法に基づく65才以上の特例高年齢被保険者および本人の申出に基づいた雇用保険の高年齢被保険者でないこと
- 出向開始日の前日時点での継続雇用(被保険者)期間が6カ月未満であること
- 出向終了日の翌日から6カ月以上の継続雇用がなされること
- 解雇予告や退職勧奨をされておらず、退職願も出していないこと
出向をさせる前に、出向実施計画を立ててあらかじめ労働局に提出する必要があります。この計画の中に書かれている従業員以外を出向させたとしても、助成の対象とならないので注意が必要です。
この他、過去に同じ出向先に出向等していないことといった要件もあります。
対象となる出向先事業主
出向させる先の事業主についても、次のような要件があります。
- 雇用保険適用事業所の事業主であること
- 出向者にさせる業務が労働者派遣事業の適用除外業務でないこと
- 出向元事業主との資本的・経済的・組織的に独立した組織であること
- 出向開始日の6カ月前から支給対象期間末日までに自社で事業主都合による退職者を出していないこと
- 最近3カ月間の雇用保険被保険者と派遣労働者の数による雇用量の平均値を前年同期の5%超かつ6名以上(中小企業は10%超かつ4名以上)減少させていないこと
- 支給対象期間内に、自社の従業員について同助成金もしくは雇用調整助成金または通年雇用助成金の一部指定コースの支給を受けていないこと
労働者派遣事業の適用除外業務とは、港湾運送や建設業、警備業、病院などでの医療関係の業務を指します。これらの業務への出向は対象となりません。
雇用量の比較については、会社設立の直後など前年同期との比較が不可能な場合に限り、最近1カ月間と事業開始期などに置き換えることができます。
助成金の対象となる取り組み
この助成金を受けるには、出向元・出向先事業主の契約に基づいて在籍型出向を行い、復帰後6カ月間の賃金を5%以上アップさせることが必要です。
それぞれについて、より具体的に見ていきましょう。
在籍型出向を行うこと
ここでいう在籍型出向とは、次の条件をすべて満たすものです。
- 自社(出向元企業)と出向先企業とで出向契約を結ぶこと
- 従業員は出向元・出向先の両方と雇用契約を結ぶこと
- 出向期間は1カ月以上2年以内で、終了後は出向元に復帰させること
- 目的が従業員のスキルアップであり、雇用調整や経営・技術の指導、人事交流などでないこと
- 出向期間中の賃金は出向元が全部または一部を負担すること
- 当該従業員の賃金は出向前の額以上とすること
- 出向先の事業所1カ所のみで就労し、同一出向期間中に他の出向先を持たないこと
- 労使間で出向協定がなされていること
- 出向する従業員全員の同意を得ること
- 出向計画届を提出し、それに基づき実施すること
- 出向の実施状況について、労働組合などの確認を受けること
出向期間中の賃金の支払いについては、負担の方法や支給方法が特定の類型に当てはまる必要もあります。例えば出向元企業が賃金の全額を従業員に支払うA型、出向元と出向先の双方が賃金を支払うB型など、6つの類型が定められています。
在籍型出向の期間や時期
出向の期間や時期等についての決まりごともあります。対象となる出向については、前述のとおり期間が「1カ月以上2年以内であること」が要件です。
ただし、助成金の支給対象となるのは、1回の出向について出向開始日から最大1年間となるので注意が必要です。
出向協定と出向予定時期・期間
労使間の出向協定では、出向実施予定時期(始期や終期)と期間(年月数)を決める必要があります。
ただし、出向予定者が複数で時期や期間が確定しない場合は、時期・期間の最大幅とその範囲内での予定期間(2年以内)を定めるのでも可能です。
ちなみに出向協定には、この他にも出向中は休職扱いとすること、出向期間中の賃金や労働条件、復帰後の処遇などについても決めておかなくてはなりません。
計画届に記載できる出向期間
出向計画届に記載できる出向期間は、次の1もしくは2のいずれかに該当しなくてはならないという決まりがあります。
- 1)計画届の提出日から3か月以内に出向を開始すること
- 2)出向者が複数いる場合、出向開始日が最も遅い者の出向開始日から12カ月以内に出向を終了すること
たとえば1回目の計画届の提出日から3カ月より後に出向させる従業員がいる場合、新たな計画届を提出しなくてはなりません。
復帰後の賃金をアップさせること
出向させた従業員に対して、出向前の6カ月間に支払っていた賃金より、復帰後の6カ月間に支払う賃金(出向中の賃金を含まない)を月額で5%以上増やす必要があります。
この賃金は「毎月決まって支払われる賃金」として比較します。労働日数が少なく比較できない場合には、次のような計算式で算出して比較しなくてはなりません、
(労働日に通常支払われる賃金の額 × 所定労働日数) + 毎月決まって支払われる諸手当
「毎月決まって支払われる賃金」には、時間外手当や休日手当、労働に直接関係のない扶養手当や通勤手当などは含みません。
また、出向から復帰直後の賃金に出向中の賃金が含まれている場合は、その賃金の支払い後から6カ月分の賃金で比較します。
スキルアップ支援コースの受給金額
受給金額は、次のいずれか低いほうの額に助成率2分の1(中小企業は3分の2)をかけて算出します。
- 出向中の賃金のうち出向元が負担した額
- 出向前の賃金の1/2の額
出向前の賃金の2分の1の額の計算には、次の式を使います。
出向開始前日の前日時点で「通常支払われる1時間あたりの賃金額」×(出向開始前1週間の〔総所定労働時間数 ÷ 総所定労働日数〕)× 支給対象期間内の出向先での実労働日数 × 1/2
支給対象期間とは、出向開始日から起算して1年が経過する日、もしくは出向期間終了日のいずれか早い日までの期間をいいます。
支給限度額は、1つの事業所・1年度につき1000万円です。同一の従業員につき1回が限度です。
産業雇用安定助成金 スキルアップ支援コースの申請手順
産業雇用安定助成金のスキルアップ支援コースは、労働局に出向計画届を提出し、その後に出向を実施、助成金の申請をする流れとなっています。
必要書類には出向先に記入してもらうものもありますが、手続きは出向元事業主が行います。
具体的な手順を見ていきましょう。
- 1)出向計画の立案
- 2)計画届の提出
- 3)出向の実施
- 4)出向後の賃金の増額
- 5)支給申請書の提出
それぞれもう少し詳しく説明します。
手順1)出向計画の立案
職業能力開発推進者を中心に、出向の具体的な内容を検討し、計画を立てます。
出向には、出向先事業主との間で出向契約を締結します。自社内では、出向者本人の同意、労働条件の明示のほか、労働組合との出向協定が必要です。
手順2)計画届を労働局に提出
出向開始日の前日までに、出向実施計画届と「スキルアップ計画」、その他必要な添付書類を、管轄の労働局・ハローワークに提出します。
手順3)計画にもとづく出向の実施
出向実施計画届に基づき、当該従業員を在籍のまま出向させます。
各対象者の出向期間については、1カ月以上2年以内が助成の対象であることに注意してください。
また、計画時に届け出る「出向実施予定期間」の範囲外の期間に出向させた分は不支給となります。
手順4)出向後の賃金アップ
対象従業員が出向期間を終えたら、賃金を出向前より5%以上増額させます。出向前6カ月分と出向後の6カ月分(賃金上昇確認期間)での比較です。
ただし出向終了の翌月分などの賃金に出向時の賃金が含まれる場合、その月は賃金上昇確認期間にカウントされません。
また、月ごとに6カ月分、すべて5%以上となる必要があるので注意してください。
手順5)支給申請書の提出
労働局またはハローワークに「産業雇用安定助成金(スキルアップ支援コース)支給申請書」とその他の添付書類を提出します。
申請の期間は、出向の復帰後6カ月間の「賃金上昇確認期間」の最後の賃金支払日の翌日から2カ月以内です。
産業雇用安定助成金 スキルアップ支援コース 取組前と申請後のポイント
最後に、産業雇用安定助成金のスキルアップ支援コースの受給に向け、特に気を付けたいポイントをお伝えします。
出向計画には協定・契約・同意が必要
この助成金を受けるには、大きく次の3つの合意・同意を得る必要があります。
- 出向労働者の同意
- 自社労働組合等との出向協定の締結
- 出向先事業主との出向契約の締結
従業員を自社都合のみで出向させることはできません。また、労働組合等との間で出向の内容に関する協定を結ぶ必要もあります。
出向先企業との契約では、トラブルのないように具体的な取り決めをしておかなくてはなりません。
出向前に「出向実施計画届」を提出する
この助成金の申請は、計画を立てるところから始まります。職業能力開発推進者を中心に、効果的な出向計画を立てましょう。
出向実施計画届や、スキルアップ計画などの必要書類を作成したら、必ず出向をさせる前に労働局またはハローワークに届け出ます。
他の助成金との併給申請に注意
従業員を出向させることで受給できる助成金はこれ以外にも存在します。しかし、同一の取り組みで別の助成金との重複受給は認められません。
従業員の出向についてすでに受給している助成金がある、もしくは今後に申請を考えている助成金がある場合は、ハローワークや社会保険労務士などに確認することをおすすめします。
提出した書類の保存期間について
助成金を申請し、受給ができたとしても、書類などは破棄しないようにしてください。
支給申請時に提出した書類や関連する帳簿(賃金台帳など)は、支給決定後も5年間の保存義務があります。支給後にも労働局などによる実地調査が行われることがあり、その調査に協力することも支給の要件となっています。
助成金の申請ならBricks&UKにおまかせ
産業雇用安定助成金スキルアップ支援コースは、従業員のスキルアップに他社での学びの機会を与えたいと考えるならぜひ利用したい助成金です。
従業員を転籍させず在籍のまま出向させ、賃金を上げることが必要ですが、スキルアップやモチベーションに直結することから、自社への好影響ももたらされるでしょう。
出向先の選定に関しては、マッチング相談にも応じてもらえるので安心です。
ただし、この助成金の申請には他社との出向契約や社内での出向協定などの準備が必要です。申請には、社会保険労務士など専門家の手を借りることをおすすめします。
当サイトを運営する社会保険労務士法人Bricks&UKは、助成金の申請も得意としています。まずはお気軽にご相談ください。
貴社で活用できる助成金をカンタン診断しませんか?
助成金をもらえる資格があるのに活用していないのはもったいない!
返済不要で、しかも使い道は自由!種類によっては数百万単位の助成金もあります。
ぜひ一度、どんな助成金がいくらくらい受給可能かどうか、診断してみませんか?
過去の申請実績も参考になさってください。
監修者からのコメント スキルアップ支援コースは産業雇用安定助成金のメニューの1つとして、令和4年度に始まりました。 新型コロナウイルス感染症の影響で、雇用を守るために在籍型出向の働き方が近年話題になり、 「他社へ出向してスキルアップして戻って来よう」という建設的な出向に対して助成されるものとなります。 例えばグループ会社での出向の場合、代表者が異なるなど独立性が認められない場合申請が出来ない等、 細かいルールはありますが、申請が可能かどうか診断することも出来ますので お気軽にお問い合わせください。