非正規雇用労働者の処遇改善などに対して助成が受けられる、「キャリアアップ助成金」の正社員コース。雇用に関する助成金の中でも、よく利用されている制度の1つです。
申請には、キャリアアップ計画書の作成や就業規則等の改定、一定の基準を満たす賃金の支払いといった要件があります。その中でも、要件に満たず不支給となってしまう原因の1つが「就業規則の不備」です。
就業規則には、助成金の要件として指定されている細かな内容を網羅していなければなりません。
この記事では、正社員化コースに焦点を当て、その申請で重要となる就業規則の規定について解説します。
令和4年4月からの制度の変更点なども踏まえて見ていきましょう。
目次
キャリアアップ助成金とは?最新の変更点も確認
「キャリアアップ助成金」は、パートやアルバイト、契約社員や派遣社員など、いわゆる「非正規」雇用の労働者のキャリアアップを支援する制度です。
本人の能力などに応じ、正社員への登用や、賃金・労働時間といった処遇改善を行った事業主に対して、助成金が支給されます。
まずは最新の変更点を確認しておきましょう。
令和4年4月からの改正点
キャリアアップ助成金の制度は、令和4年4月より内容が一部変更となりました。正社員化コースに関しても、次の点が変更となっています。
1,無期雇用労働者への転換が対象外となった
これまでは、助成対象となる転換のパターンとして「有期雇用→正規雇用」、「有期雇用→無期雇用」、「無期雇用→正規雇用」の3つがありました。
このうち有期雇用から無期雇用への転換が助成の対象外となり、結果的に「正規雇用への転換」でなければ助成金の受給はできなくなりました。
2,正社員と非正規雇用労働者の定義が変更された
令和4年10月1日以降には、転換にかかる「正社員」と「非正規雇用労働者」の定義が変わります。
【正社員についての変更】
これまでは、正社員は「同一の事業所内の正社員に適用される就業規則が適用されている労働者」という定義のみでした。
ここに、「賞与または退職金制度」と「昇給」の両方が適用される正社員に限る、という条件が付け加えられました。
【非正規雇用労働者についての変更】
これまでは、「6カ月以上雇用している有期または無期雇用労働者」という条件のみでした。
変更後は、賃金の額や計算方法について、正社員とは異なる雇用区分の就業規則等が6カ月以上適用されていることも必要となりました。
つまり、6カ月以上の雇用に加えて、「パート就業規則」や「契約社員就業規則」など、基本給や昇給などの規程が正社員とは異なる規定の適用も6カ月以上されていた非正規労働者が対象となります。
3,人材開発支援助成金での対象訓練コースが新設された
従業員に対し、指定の教育訓練などを行った場合に助成が受けられる人材開発支援助成金。
非正規雇用の従業員に、この助成金の対象となる特定の訓練を受けさせた後に正社員登用を行うと、キャリアアップ助成金で加算が受けられます。
この訓練コースの中に、「人への投資促進コース」の5つの訓練が追加されました。
正社員化コースの概要
では改めて、キャリアアップ助成金の正社員化コースの概要を見ていきましょう。
この助成金は、有期あるいは無期雇用の労働者を正規雇用契約に転換した場合や、派遣社員を直接雇用した場合に支給の対象となります。
雇用形態の転換は、就業規則(労働協約)に制度として規定し、それに基づいて行う必要があります。
対象となる従業員と雇用転換の方法
雇用契約の転換でこの助成金の対象となるのは、有期または無期の直接雇用の従業員と、派遣社員です。
さらに、直接雇用の場合、正規雇用労働者とは異なる賃金規程(額や計算方法)の適用を6カ月以上受けていなくてはなりません。
同一部署の業務に6カ月以上従事している派遣社員や、人材開発支援助成金の特定コースの有期実習型訓練を受けた有期雇用の従業員も対象となります。
ただし、雇い入れの際に正規雇用となることを条件にしていない、過去3年以内に関連企業で働いていない、事業主の3親等以内の親族でないといった要件もあります。
また、支給申請日の時点で本人が離職せず、転換後の雇用形態のまま雇用が継続されていなくてはなりません。ただし、本人の都合による退職や責任による解雇、天災などのやむを得ない理由での解雇を除きます。
助成金の支給額
中小企業の場合、正社員化する前の雇用形態によって支給額が次のように異なります。
雇用の転換種別 | 支給額 |
有期雇用→正規雇用 | 1人あたり57万円 (72万円) |
無期雇用→正規雇用 | 1人あたり28.5万円 (36万円) |
表内のカッコ書きの金額は、生産性の向上が認められた場合の支給額です。直近の会計年度で売上などが3年度前の実績より6%以上伸びていれば、受給金額が増えます。
対象となる事業主の要件
キャリアアップ助成金の対象となるのは、雇用保険適用事業所の事業主であり、従業員のキャリアアップを図ろうと取り組んでいる事業主です。
正社員化コースの支給対象となるには、事業主も次のような要件をすべて満たしていなくてはなりません。
・正規雇用契約への転換制度を就業規則や労働協約に規定している
・雇用する有期契約の従業員を、実際に正規雇用契約に転換した
・当該従業員を転換後6カ月以上継続雇用し、6カ月分の賃金を支払った
・申請支給日時点でも転換制度を継続している
・転換後6カ月間の賃金を、転換前6カ月より3%アップさせている
・転換日前日から数えて6カ月前の日から1年間、会社都合の退職者を出していない
・転換日前日から数えて6カ月前の日から1年間、特定理由による離職者が転換日時点の従業員数の6%を超えていない
・いかなる雇用形態の転換も本人の同意に基づく制度として整備している
・正規雇用への転換日以降、対象者を雇用保険の被保険者としている
・正規雇用への転換日以降、対象者を社会保険の被保険者としている
・勤務地などを限定した正社員への転換の場合、転換日時点でその人以外にも正社員(勤務地などを限定しない)を雇っている
正規雇用への転換だけでなく、賃金を3%以上アップさせること、6カ月以上雇用し続けることも必要です。6カ月分の賃金を支払った後で、はじめて支給申請できるようになります。
支給申請の流れ
キャリアアップ助成金は、計画の作成から支給申請までに6カ月以上の期間が必要です。その流れを見ていきましょう。
1)キャリアアップ計画を作成、提出する
キャリアアップ計画とは、取り組みの大まかなイメージを明文化するものです。目標や期間、対象者のほか、どのような取り組みを行うかを記載します。
申請様式は、厚生労働省の公式サイトから最新の様式をダウンロードして使います。
計画は取り組みの前日までに労働局に提出し、認定を受けなくてはなりません。また、提出後に計画が変更となった場合には、変更届の提出が必要です。
キャリアアップ助成金の申請様式 ダウンロードページ|厚生労働省
2)就業規則等の改定を行う
正社員への転換制度が存在していない場合は、就業規則あるいは労働協約などに新たに規定する必要があります。制度は取り組みの実施日より前に整備しておかなければなりません。
就業規則を変更するには、まず労働組合等の意見も聞いた上で意見書を作成します。その意見書とともに、労働基準監督署に変更届を提出します。
変更した内容は、社員全員に周知させる必要もあります。
3)就業規則にもとづき正社員への転換を実施する
キャリアアップ計画の認定を受け、就業規則が整ったら正規雇用契約への転換を実施します。転換は制度で決めた内容どおりに行わなくてはなりません。
4)転換後6カ月間、賃金の支払いを行う
雇用形態を転換させると同時に、賃金を転換前6カ月の平均より3%以上アップさせる必要もあります。
アップさせた賃金を6カ月支払うまで、助成金の申請はできません。
5)労働局に支給申請をする
転換後6カ月の賃金を支払ったら、その翌日から2カ月以内に支給申請を行う必要があります。
支給申請は、支給申請書と指定の添付書類を管轄の都道府県労働局に提出して行います。郵送での提出もできますが、その場合は支給申請期間内に必ず届くよう早めに申請するとよいでしょう。
申請書類は、細心の注意をもって揃える必要があります。
というのも、一度提出した書類は、申請する側の都合による訂正や差し替えが認められません。
また、労働局側から追加書類や書類の修正を求められた場合、指定の期日までに提出しなければ不支給となってしまいます。
キャリアアップ助成金の申請に必要な就業規則とは?
キャリアアップ助成金の正社員コースでは、正規雇用への転換制度が就業規則や労働協約に整備されている必要があります。
単に「正社員への転換を行うことがある」というような曖昧な規定では受給要件を満たせません。この章では、助成金申請に必要な規定内容について解説します。
就業規則についておさらい
「就業規則」とは、事業主と従業員との間に定めたルールのことです。雇用主側と労働者側、双方の権利や義務を明らかにし、トラブルを防ぐ目的があります。
労働基準法では、常に10人以上の労働者を雇う事業場に就業規則の作成と届け出を義務付けています(労働基準法第9章)。
「事業場」とは、会社単位ではなく支店や営業所、工場のように独立した場所にある拠点の単位です。
また、記載すべき内容についても法で指定されています。必ず規定すべき事項は、始業・終業の時刻や休憩時間、賃金の計算・締切や支払い方法、解雇事由など退職に関することなど。これらは「絶対的記載事項」と呼ばれています。
10人未満の事業場については、法による届出義務はないものの、トラブルなどのリスク回避としても作成しておくことが推奨されます。
正社員化コース申請のための就業規則の要件
では、助成金を受給するための就業規則作成の注意点を見ておきましょう。
就業規則に記載すべき内容
キャリアアップ助成金(正社員化コース)の申請には、前述のとおり有期雇用契約あるいは無期雇用契約から正規雇用契約への転換制度について記載する必要があります。
新たに制度を設けたり、制度はあるものの明文化されていなかったりする場合には、就業規則に追加しなくてはなりません。すでに規定がある場合も、助成金の支給要件を満たす記載内容でなければ受給はできません。
助成金の支給には、有期雇用の従業員を正規雇用の従業員に転換する制度を設ける旨と、転換のための条件、手続き、時期についてを就業規則に明記する必要があります。
具体的な規定の作成については、この後の章で具体例を用いて解説します。
就業規則の施行と転換のタイミング
正規雇用への転換制度を就業規則に追加する際は、転換実施のタイミングにも注意が必要です。
就業規則の作成・変更時には、その規定の効力がいつから始まるかを示す施行日を記載します。
制度の追加と正社員への転換の両方を行う場合、転換は施行日より後に行われていなくてはなりません。施行日より前に転換を行っている場合には、支給の対象外となります。
従業員への周知も必須
就業規則の内容は、全従業員への周知が必要です。転換制度を追加する際には労働組合等の意見書を添付しますが、意見書は代表者の意見を聞くためのもので、周知するものではありません。
周知の方法としては、誰もがいつでも見られる場所に紙やデータを保管するというのが一般的です。
また、前述の通り、法律上は常時雇用の従業員が10人未満の場合には就業規則を届け出る義務はありません。しかし助成金を受けるには、就業規則を労基署に届け出るか、あるいは「就業規則申立書」を提出する必要があります。
キャリアアップ助成金申請に必要な就業規則はこう規定しよう
前の章で説明したように、正社員への転換制度については就業規則に具体的な規定をしておく必要があります。
記載が必須となる3つの項目
次の3点は必ず明記しておきましょう。1つでも欠けている場合には支給対象となりません。
- 転換対象となる人の要件(勤続年数、人事評価、推薦など)
- 転換に必要な手続き(面接試験や筆記試験など)
- 転換の実施時期
では、それぞれの項目について例を挙げていきます。
転換となる対象者の要件
どのような人をどのような場合に正社員に転換させるのかについて明記します。
【記載例】
第○条(正規雇用への転換)
勤続○年以上の者または有期実習型訓練修了者で、本人が希望する場合は、正規雇用に転換させることがある。
この例のように、勤続年数などによって「基準」を設けることが可能です。
しかし、たとえば「40歳未満」や「勤続10年以内」といった上限を設定するなど、転換の制度に、基準でなく「制限」を設けた場合は助成金の支給対象外となります。
転換の実施時期
いつから正社員としての契約となるのかを明示します。
<記載例>
転換時期は、原則毎月1日とする。ただし、所属長が許可した場合はこの限りではない。
転換時期については、「随時」など自由に決められます。給与の計算期間などを踏まえて決めるのが得策です。
勤務先を限定するなど、多様な働き方を認める正社員への転換の場合も、要件を同様に設定し、規定を作ります。
要件など複数の規定をする場合は、「正社員転換制度規程」など新たな規定を設けるのもよいでしょう。
賃金規程について
正社員化コースの対象従業員の要件として、「正規雇用の従業員とは異なる雇用区分の就業規則等が6カ月以上適用されていたこと」が挙げられています。
その確認のために、パート・アルバイト用の賃金規程などで賃金額や賞与などが正社員と異なることが明記されているものが必要です。
なお、令和4年10月1日以降に正社員に適用される賃金規程には「賞与または退職金の制度」かつ「昇給」が明記されていることが必要です。
就業規則の作成を専門家に依頼する
助成金申請を念頭に置くなら、就業規則の作成には助成金の専門家である社会保険労務士に頼るのが得策です。それには大きく3つの理由があります。
1,要件に則した就業規則の作成には専門知識が必要
助成金についての専門知識があり、申請実績も豊富な社会保険労務士なら、必要な事項を網羅した就業規則が作成できます。
これまでの章でもお伝えしたように、助成金の申請には、就業規則の条項に定めておくべき事項があります。
単に文章を追加するだけではなく、ポイントを押さえておかなくては対象外となる恐れも。既存の条項に修正が必要となるケースもあり、専門家に任せるのが最善の方法です。
2,自社に合った就業規則の作成が可能
業務の内容や従業員の数・慣例など、会社や店舗の内情はそれぞれ大きく異なるもの。画一的な条項では、トラブルが起きたときに会社側が不利となる恐れがあります。
そのため、助成金のためだけでなく自社に起こり得るトラブルなどを想定した条項も含めておくのが、リスクマネジメントの上でも重要です。
助成金にも他企業の就業規則にも精通した社会保険労務士なら、しっかりとヒアリングした上で自社に本当に必要な内容の就業規則を作成してくれるでしょう。
3,専門家は常に最新の情報を持っている!
助成金の制度は、社会の情勢によってこれまで幾度も改正が行われています。今後も要件などの変更は随時行われるはずです。
インターネット上にも情報は出ますが、古い情報も数多く掲載されています。最新の情報を知るのも簡単ではありませんし、知識がない状態で制度の全体像を知るのも難しくなっているのが現状です。
古い情報で取り組みを行ったり申請書類を整えたりしても、不備が発生する可能性が。助成金が受け取れない事態になる恐れもあります。
その点も、助成金の専門家である社会保険労務士なら常に最新の情報を持っているので安心です。
就業規則を整備して助成金申請をスムーズに
キャリアアップ助成金は、従業員の処遇を改善することで受給が可能です。処遇の改善が従業員にとっての大きなメリットとなるだけでなく、能力やモチベーションが上がれば売上などの向上にもつながります。
助成金の受給にはさまざまな要件を満たす必要があり、中でも就業規則の整備は必須となっています。
必ず記載すべき事項があると同時に、押さえておかねばならないポイントもあるため、就業規則がすでにある場合にも、これから作成する場合にも、専門家のサポートを受けることをおすすめします。
当サイトを運営する社会保険労務士法人Bricks&UKは、現在も数多くのクライアントの皆様の助成金申請をお手伝いしています。就業規則についても、要件に則すことはもちろん、実情をお伺いした上で最適化することが可能です。ぜひお気軽にご相談ください。
就業規則を無料で診断します
労働基準法等の法律は頻繁に改正が行われており、その都度就業規則を見直し、必要に応じて変更が必要となります。就業規則は、単に助成金の受給のためではなく、思わぬ人事労務トラブルを引き起こさないようにするためにも大変重要となります。
こんな方は、まずは就業規則診断をすることをおすすめします
- 就業規則を作成してから数年たっている
- 人事労務トラブルのリスクを抱えている箇所を知りたい
- ダウンロードしたテンプレートをそのまま会社の就業規則にしている
監修者からのコメント 令和4年10月からの対象労働者の要件変更を受けて、令和4年10月に正規雇用への転換を予定している企業は、令和4年4月に就業規則を改定していることが必要になります。 急な制度変更で改定業務が間に合わない!という企業もあるかもしれません。 弊社では助成金要件を踏まえた就業規則の改定も承っております。 お気軽にお問い合わせください。