「持続可能な社会の実現」が世界的な目標となっている現在、企業にも新事業の展開やカーボンニュートラル化、DX(デジタルトランスフォーメーション)化といった、時代の移り変わりに合わせた柔軟な対応が求められています。
しかし新事業に必要な知識やデジタル化などに対応できる人材がいなくては、進めるのも難しいでしょう。人材育成をするにもかなりの費用がかかります。
そのような場面で活用したいのが、従業員に訓練を実施することで助成金が受けられる、人材開発支援助成金の「事業展開等リスキリング支援コース」です。令和4年12月に新設されました。
この記事では、助成額が最大1億円ともなるこの新たな制度について解説します。
目次
人材開発支援助成金とは?
「人材開発支援助成金」は、社内の人材育成に取り組む企業を支援する助成金です。従業員にスキルアップのための研修を受けさせるなどした場合に、かかった経費や支払った賃金の一部の助成を受けることができます。
「人材開発助成金」とよく似た助成金に「キャリアアップ助成金」があります。キャリアアップ助成金も、活用する企業が多い人気の助成金の1つ。2つの助成金の大きな違いは、対象となる労働者の要件と取り組み内容です。
対象となる労働者 | 必要な取り組み | |
人材開発助成金 |
雇用保険の被保険者すべて (一部コースは有期雇用労働者、パート・アルバイト、派遣労働者を除く) |
職務に必要な専門知識や技能を習得させるための訓練の実施 |
キャリアアップ助成金 |
非正規雇用の労働者 |
非正規雇用から正規雇用への転換、あるいは賃金などの待遇改善 (転換後は雇用保険への加入が必須) |
人材開発支援助成金の概要などについては、こちらの記事で解説しています。
最大1億円!事業展開等リスキリング支援コース
では、この記事の本題である人材開発支援助成金「事業展開等リスキリング支援コース」について詳しく見ていきましょう。
この助成金の目的
「事業展開等リスキリング支援コース」創設の目的は、新たな事業を展開し持続的な発展を目指す企業や、業務効率化、脱炭素化への取り組みのためデジタル化・グリーン化といった成長分野の技術を取り入れようとする企業の支援です。
具体的には、次のようなケースについて助成が行われます。
① 事業展開に伴う新分野の人材育成
新製品の製造・新サービスの提供などによって新たな分野に進出する企業を後押しします。また、既存事業において製造方法やサービスの手法を変える場合も対象です。
いくつか例を挙げてみます。
・機械メーカーが新商品を開発し、製造・販売する
・日本料理店が新たにワイン専門店を始める
・食品の加工業者が医療分野の事業に参入する
・学習塾の経営者がオンライン授業を開始する
② デジタル・DX化に対応するための人材育成
業務のデジタル化で業務効率を上げる、社会や顧客のニーズを踏まえて商品やサービス内容を変える、ビジネスモデルを変えるなどして他社との差別化を図る企業を支援します。
次のような例が対象となります。
・電子契約システムを導入するなどしてペーパーレス化を進めた
・レストランなどの待ち時間がわかるアプリを開発した
・顔認証によるチェックインを可能にし、手続きを簡略化した
③ グリーン化・脱炭素化に対応するための人材育成
徹底した省エネ、再生可能エネルギーの活用等を通して、CO2等の温室効果ガスの排出をゼロにする動きを後押しします。例えば次のような場合です。
・ドローンを導入し、トラクターによる農薬の散布をやめた
・電力自給のために太陽光発電システムを導入した
「新たな事業展開」「デジタル化・DX化」「グリーン・脱炭素化」がこの助成金のカギとなります。既存事業にデジタル化や脱酸素化を取り入れた場合にも助成が受けられます。
支給対象となる事業主
「事業展開等リスキリング支援コース」の支給対象となるには、事業主が次の要件すべてを満たしている必要があります。
- 雇用保険適用事業所の事業主であること
- 「事業内職業能力開発計画」と「年間職業能力開発計画」を作成すること
- 上項の計画について、労働者に周知していること
- 「職業能力開発推進者」を選任していること
- 訓練期間中も適正な賃金を支払っていること
- 助成金申請に関わる必要書類等を整備し、5年間保存していること
- 助成金支給にかかる審査に協力すること
- 「事業展開等計画」を作成すること
ただ訓練を行えばいいわけではなく、前もって人材育成の推進リーダーとなる人を選出したうえ、計画書を作成し、計画内容を従業員に知らせておく必要があります。
訓練期間中の適正な賃金については、訓練期間中は労働でないからと無給にしたり残業代を適用外にしたりせず、たとえば訓練が労働時間外に及んだら時間外手当も支払うべきである、ということです。
助成の対象となる労働者
事業展開等リスキリング支援コースの対象となるには、労働者も次の要件すべてを満たさなくてはいけません。
- 訓練実施および助成金申請をする事業所の雇用保険被保険者であること
- 訓練実施期間中も被保険者であること
- 計画届に添付した「訓練別対象者一覧」に記載済みの被保険者であること
- 訓練の受講時間数が実訓練時間数の8割以上であること
- 訓練等の受講を修了していること
- 定額制サービスによる訓練は1人1時間以上の受講があること
対象となる労働者は雇用保険の被保険者であればよく、正規・非正規といった雇用形態に関係なく対象となります。
実訓練時間数とは、移動時間など支給対象外となる時間を除いた実質的な時間のことです。ただしこの要件は、通信制や定額制サービスを利用した訓練を除きます。育休中などの場合にはその他の要件もあります。
支給対象となる訓練・経費
助成金の対象となる訓練は、事業内訓練または事業外訓練のいずれかで行われるOFF-JTです。
事業内訓練とは、自社で企画・運営し、部外講師あるいは自社従業員である部内講師が行う訓練です。事業外訓練とは、社外の教育訓練機関に受講料を支払って受けさせる訓練をいいます。OFF-JTとは、通常の業務とは切り離して行う訓練のことです。
助成の対象となる経費には、次のようなものが該当します。
訓練の種別 | 対象となる経費 |
---|---|
事業内訓練 |
・部外講師への謝礼金・手当 |
事業外訓練 | ・受講に必要な入学金や受講料、教科書代等 ※国や都道府県から補助金を得ている施設は対象外 |
消費税や訓練に関連する職業能力検定、キャリアコンサルティングの経費も計上可能です。また、ITSSレベル2~4の資格試験や公的職業資格など、一部の資格・試験に関する受験料も対象となります。
支給金額・限度額
「事業展開等リスキリング支援コース」の助成には、訓練に要した経費についての助成と、支払った賃金についての助成の2種類があります。
賃金助成は、所定労働時間内の賃金についてのみ助成されるものです。また、通信制・定額制などeラーニングによる訓練や育児休業中の訓練は経費助成のみとなり賃金助成はありません。
経費助成・賃金助成の助成率・助成額
助成率、助成額は、企業規模によって次のように異なります。
企業規模 | 経費助成の助成率 | 賃金助成の助成額 (1人1時間あたり) |
---|---|---|
中小企業 | 75% | 960円 |
大企業 | 60% | 480円 |
経費助成の限度額
ただし、助成には上限もあります。経費助成については、訓練時間と企業規模によって次のように上限が異なります。
企業規模 | 10時間以上 100時間未満 |
100時間以上 200時間未満 |
200時間以上 |
---|---|---|---|
中小企業 | 30万円 | 40万円 | 50万円 |
大企業 | 20万円 | 25万円 | 30万円 |
eラーニングや通信制などによる訓練は、一律で10時間以上100時間未満の区分とされます。定額制サービスによる訓練では、訓練時間数による限度額はありません。
賃金助成の限度額
賃金助成は、1人1訓練あたり1,200時間が限度です。ただし専門実践教育訓練は1,600時間まで認められます。
そして、1事業所が1年度に受給できる金額は1億円と、高い限度額が設定されています。
事業展開等リスキリング支援コース申請時の流れ
「事業展開等リスキリング支援コース」の申請は、まず社内で取り組みを推進する人を選出し、訓練計画を立てるところから始まります。支給決定までの流れは次のとおりです。
- 1.事業内職業能力開発計画を作成する
- 2.訓練実施計画届を労働局に提出する
- 3.従業員に訓練を実施する
- 4.支給申請書を提出する
それぞれについて説明します。
1.事業内職業能力開発計画を作成する
計画の作成に先立ち、まずは事業所ごとに1人以上の職業能力開発推進者を決めます。訓練に関する権限を持つ人であり、労務部門・人事部門の部長あるいは課長などが任されるのが一般的です。
事業内職業能力開発計画(事業内計画)は、職務に関する従業員の能力を、段階的かつ体系的に行うための計画です。これは「職業能力開発促進法」で事業主の努力義務とされているものです。
従業員の職務やレベル別に、身につけるべき知識や技能、そのために必要な教育訓練などを考えて作成します。決められた様式はなく、独自性やわかりやすさが重視されます。
記載内容例としては、「経営理念」「人財育成の基本方針」「雇用管理の方針」「各職務に必要な職業能力」「教育訓練体系図」などが挙げられます。作成したら従業員に周知しなくてはなりません。
2.訓練実施計画届を労働局に提出する
訓練開始より1カ月前まで(開始日から起算)に、「訓練実施計画届・年間職業能力開発計画」(様式第1号)を作成し、その他の必要書類とともに管轄の労働局に提出します。
必要書類を具体的に見ていきましょう。
計画届の提出に共通して必要となる書類
訓練方法にかかわらず共通して必要なのは、次の書類です。
- 訓練実施計画届・年間職業能力開発計画(様式第1号)
- 事業展開等実施計画(様式第2号)
- 対象者一覧(様式第4-1号)※
- 人材開発支援助成金 事前確認書(様式第11号)
※印の対象者一覧は、定額制サービスによる訓練の場合は不要です。様式は、厚生労働省の公式サイトからダウンロードが可能です。
また、添付書類として次の書類も必要です。
添付が必要なもの | 具体例 |
---|---|
全社で常時雇用する従業員数がわかる書類 | ・事業所確認票(様式第17号) ・会社案内、パンフレット等 |
訓練対象者が雇用保険被保険者だと確認できる書類 | ・雇用契約書(写し)など ※定額制サービスによる訓練は不要 |
OFF-JTの実施内容を確認できる書類 | ・実施機関の概要や目的、日時や場所がわかる訓練カリキュラムなど |
訓練によって異なる必要書類
さらに事業内訓練か事業外訓練かによって、次のような書類も提出しなくてはなりません。
訓練種別 | 必要書類 |
---|---|
事業内訓練 |
・OFF-JT部外講師要件確認書(様式第10-2号)※ |
事業外訓練 |
・訓練にかかる教育訓練機関への申込書、契約書など |
※印の確認書は、決まった様式を使用してください。任意様式での提出は受け付けてもらえません。
このほか、eラーニングの場合や対象者が育休中だった場合などには、さらに必要となる書類もあります。
計画届の内容を変更する場合
対象者や訓練内容、実施方法など、提出した計画に変更がある場合は、変更前の計画における訓練の実施予定日か変更後の訓練実施日、いずれか早い方の前日までに届け出なくてはなりません。
変更の届け出には、次の書類を提出する必要があります。
- 訓練実施計画変更届(様式第3号)
- 変更後の訓練カリキュラム(訓練日時や場所・内容等がわかるもの)
- 変更に関係する書類
変更届やカリキュラムのほか、変更する訓練の種類や内容によっては新たな計画届や、上で説明した計画届提出時の添付書類が必要となります。
変更届を提出しなかった場合、当初の計画になかった訓練や内容の異なる訓練、新たな対象者など、変更した部分は支給対象外となるので注意が必要です。
3.従業員に対し訓練等を実施する
提出した計画に基づいて、部内講師あるいは部外講師による事業内訓練を実施、または教育訓練施設での事業外訓練を受講します。
訓練に必要となった費用は、すべて支給申請までに支払いを終えていなくてはなりません。また、経費は事業主が全額を負担している必要があります。従業員が立て替えたままとなっている場合、その経費は助成されません。
4.支給申請書を労働局に提出する
訓練が終了したら、必要書類をそろえて管轄の労働局に提出します。申請期限は、訓練終了日(資格試験の場合は受験日)の翌日から2カ月以内です。
支給申請時に必要となる書類についても見ておきましょう。
支給申請時に共通して必要となる書類
次の書類は、訓練方法などにかかわらず必要です。
- 支給要件確認申立書(共通要領様式第1号)
- 支払方法・受取人住所届
- 人材開発支援助成金 支給申請書(様式第5号)
- 賃金助成の内訳(様式第6号)
- 経費助成の内訳(様式第7-1号)
- OFF-JT実施状況報告書(様式第9号)
支払方法・受取人住所届の提出には、口座番号が確認できる通帳の写しなども必要です。すでに別の申請などで登録済の場合、提出する必要はありません。
また、経費助成の内訳は、定額制サービスによる訓練の場合は不要です。OFF-JT実施状況報告書は、通信制による訓練や定額制サービスによる訓練の場合は不要です。
支給申請時に共通して必要となる添付書類
上項の共通様式のほか、次のような添付書類もそろえる必要があります。
添付が必要なもの | 具体例 |
---|---|
事業主による訓練経費の全額負担が確認できる書類 | ・領収書又は振込通知書など(領収書の場合はさらに総勘定元帳または現金出納帳の写しなど) |
訓練期間中の賃金支払が確認できる書類※ | ・賃金台帳または給与明細書など |
訓練期間中の所定労働日・労働時間がわかる書類※ | ・就業規則、賃金規定、休日カレンダー、シフト表など |
訓練期間中の対象者の出勤状況・出退勤時刻を確認するための書類※ | ・出勤簿、タイムカードなどの写し |
ただし、通信制の訓練や定額制サービスによる訓練、対象者が育休中の場合には、表内※印の書類は不要です。
また、当初の訓練計画届の提出時に雇用契約案を提出した従業員については、その後に締結した雇用契約書の写しが必要です。提出した雇用契約書から契約内容に変更があった場合には、変更後の雇用契約書の写しを用意してください。
訓練によって異なる必要書類
訓練の方法などによって、次のような書類も必要となります。
訓練種別 | 必要書類 |
---|---|
事業内訓練 | ・次の支払いが確認できる請求書および領収書または振込通知書等の写し(※1) 1)部外講師への謝金、旅費 2)訓練施設・設備の借上げ費 3)訓練に使用した教科書代・教材費 ・部内講師の場合、訓練日の出勤状況や出退勤時刻がわかる出勤簿やタイムカードなどの写し ・訓練コースの開発に要した費用を確認できる領収書または振込通知書などの写し(※2) ・訓練で使った教材の目次などの写し |
事業外訓練 | ・入学料・受講料・教科書代等を支払ったことの確認書類として 1)領収書または振込通知書などの写し(※2) 2)受講料の案内(一般配布されているもの) 3)請求書および請求内訳書の写し ・訓練等に使った教材の目次等の写し ・支給申請承諾書(訓練事業者が記入)(様式第12号) |
(※1)の書類について、提出するのが請求書と領収書の組み合わせの場合、振込通知書、総勘定元帳または現金出納帳の写し等も必要となります。請求書には、品名や単価、数量の明記が必須です。
(※2)の場合、領収書を提出する場合は総勘定元帳または現金出納帳の写しなども必要です。
なるべく振込通知の形で残るように支払い処理をするとよいでしょう。
人材開発支援助成金(事業展開等リスキリング支援コース)のポイント
人材開発支援助成金の事業展開等リスキリングコースは、次のポイントを知っておくと活用しやすくなります。ぜひ押さえておきましょう。
対象者は正社員に限られない
人材開発支援助成金の支給対象となるのは、雇用保険の被保険者です。つまり、雇用保険に入っているなら、正社員や契約社員、パート・アルバイトなど雇用形態にかかわらず対象となります。
ちなみに、従業員が1人でもいれば雇用保険の適用事業所です。週の所定労働時間が20時間以上かつ31日以上の雇用見込みがある場合には、雇用保険に加入させる義務があります。
正社員化で助成金の併給も可能
有期雇用契約の契約社員やアルバイトなど、非正規雇用の従業員に研修を受講させ正社員化した場合には、人材開発支援助成金だけでなく、キャリアアップ助成金との併用ができます。
キャリアアップ助成金では、基本的な助成に加え、訓練に対する加算も対象となり、1人あたり最大68万円の助成が受けられます。
展開済の事業でも対象となる
この助成金の大きな特徴の1つが、「すでに展開している事業」についても対象となることです。
助成金をあてにせず始めた事業展開にも使えれば、かかる費用に対し大きな助けとなるでしょう。
ただし、すでに事業展開済みの場合、事業展開の開始から6カ月以内に訓練を始めなくてはならないことに注意が必要です。
助成金の申請ならBricks&UKにおまかせ
人材開発支援助成金に新設された「事業展開等リスキリング支援コース」は、受け取れる額が最大1億円と高度な助成が受けられる助成金です。
対象は雇用形態に限らずアルバイトやパートでも対象となり得ますし、半年以内に始めた訓練であれば既に開始済みの事業も対象です。
ただ、申請には計画の作成や事前の届出、変更となれば変更届を出さなければ対象外となるなど、留意すべきことがたくさんあります。提出期限もあるため、訓練後には速やかに書類を揃えなくてはなりません。
ですから、助成金申請は専門家である社会保険労務士に依頼するのが得策です。社労士なら助成金の必要な書類や書き方、申請の注意点なども把握しており、任せれば事業に集中できます。
当サイトを運営するBricks&UKには、助成金申請の実績も多数あります。助成金の受給に必須なのに見逃されがちな、就業規則の整備なども任せていただけます。ぜひ一度ご相談ください。
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労働基準法等の法律は頻繁に改正が行われており、その都度就業規則を見直し、必要に応じて変更が必要となります。就業規則は、単に助成金の受給のためではなく、思わぬ人事労務トラブルを引き起こさないようにするためにも大変重要となります。
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- 就業規則を作成してから数年たっている
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監修者からのコメント 年度末となり、新たに新年度の訓練計画を立てている企業もあると思います。 受講させる訓練内容によっては、「事業展開等リスキリング支援コース」で申請できる可能性があります。 一般訓練コースや特定訓練コースよりも高い助成金額になっていますので、申請前にぜひ「事業展開等リスキリング支援コース」をチェックしてみてください。 Bricks&UKでは助成金の申請サポート・ご相談を承っております。 お気軽にお問い合わせください。